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研修終わり、一日も終われそうな時間帯になりました。
今日は朝からバタバタと金沢に行ってきました。
久々の同期の先生方と研修でレッスンの方法を確認したり
新しい方法を学んでみたりと、有意義な研修でした。
同じ志を持つもの同士、悩みを聞いてもらったり共感したり、
ホントにこんなにも気持ちがラクになれる場所があって
良かったです。
その後はおしゃれなカフェにてお茶をすることもできて、
大変なことの後にはうれしいことが待っている。まさに
そんな感じでした。カフェの雰囲気は私の趣味にピッタリでしたよ。
また行ってみたいな。Yさん、Hさん、Aさんありがとう。そして
Yちゃんも。今度はまた一緒にお食事でもできたらいいな。
そう言えば前回の独り言にちょっと訂正。。
中学生になるまで英語とは無縁ってところ。
ちょっと訂正しなきゃだわ。
私には兄が二人、姉が一人そして妹が一人います。
私が小学生のころ、すでに高校生だった一番上の兄
がラジオ放送をよく聞いていた影響で私も良く音楽を
聞いていました。そこで洋楽と出会い、その頃流行って
いた曲をテープに録音して何度も何度も聞いていました。
その中でも特に大好きだったのが「ボビー・コールドウェル」や
「ピーター・セテラ」です。ませた小学生だったなと我ながら
思いますが、今でもその曲を聴くと懐かしく当時の思い出も
よみがえってきます。
その曲もきちんと歌えるわけではなかったけど、それこそ
歌詞カードもレコードなんてもってのほか、買ってほしいとも
いえず、何とか耳で覚えて口ずさんでは満足してたものです。
今思うと、耳で聞いて口で言ってみるというのは、とても理にかなった
学習法で、無意識にそんなことをしていたなんて、私ってスゴイ?
なんちゃって。。。
独り言。
英語との出会い
今、英語を教えさせていただく仕事に就いて
「英語・英会話」というのは私の生活する中で
なくてはならない物になりましたが、私が初めて英語に触れたのは
中学生の時です。中学になるまで全く英語とは無縁でした。
私はいわゆる普通の中学生でした。だけど、ちょっと普通で
無かったのは、大好きな人が「リバー フェニックス」だったということ。
その頃私の友達はほとんどが、「ジャニーズの誰かれが好き」って
言う年頃だったので、周りでは会話に乗れず浮きまくりでしたね。
卒業間近に制作した美術の作品、英語の課題の日記などもすべて彼に関する
物ばかり。ホントに大好きでしたね。
今はこの世にいなくて残念でなりませんが。
基本外国人タレント、いわゆる「外タレ」(当時そういう風に言ってた)
が好きで憧れていました。絶対外国で暮らすんだっていうのが私の夢でした。
(大人になってその夢を実現することができました。)
学校の英語はあまり好きでなかったのは事実ですが、その当時から
外国の方を見れば後追いをし、何とか話が出来ないかと自分をアピールして
いました。英会話教室なんて行く感覚もありませんでしたので、私の先生は
もっぱら、映画やビデオの中で見る「リバーさん」です。
彼の生声を聞くために、「Stand By Me」にいたってはテープが擦り切れるまで
視聴不可能になるまで見まくりました。一途だったのです。
当時中学生の私には理解はできなくても彼の声が聞こえてくる、
彼の気持ちが伝わってくるだけで幸せでした。
これが、今の私の英語を聞く耳を育てたかどうかは不明ですが。。。
基本となったのは間違いないと思っています。
また独り言聞いてくださいね。
お手伝いとして仕事をする日があります。
市立の保育園なのですが、外国籍のお子さんが
なんとまぁ、多いこと。
縁があって、こちらでもお仕事をいただけることに
なりまして、とても光栄に思う反面、責任も重いため
気合い入れて頑張っています。
今日は先生と園児のご両親との会話の通訳として
保育園へ赴きました。
やはり文化の違い、生活習慣の違い、宗教の違い
並べればもっともっと、ありますがそこへもってきての
言葉のちがい。。それはそれはみなさん苦労されているようです。
今日は橋渡し役として完璧という働きではなかったと自己反省
しながらも、最初強張っていたご両親の表情が次第に柔らかく
なり、不安や誤解が少しづつ消えていく様を見ることができ、
微力ながらお役に立つことができて良かったと思いました。
みなさんがとても感謝してくれて、恐縮です!!!
でも決して自分に甘くない私は
「まだまだ勉強が必要!」とスキルアップの重要性を再認識
しました。
今日もレッスン後は勉強だ!!と強く思いました。


